景福宮
ソウルの観光名所として有名な景福宮(キョンボックン)は、ソウル5大宮の中で一番規模が大きく、朝鮮の建国と共に建てられた初の宮廷であり法宮でした。

壬辰倭乱で全焼するまで朝鮮最高の宮廷でしたが、戦乱が終わると、その場所は縁起が悪いとのことで法宮の地位は昌徳宮(チャンドックン)に譲り渡されました。
壬辰倭乱後、放置されていたところを興宣大院君(フンソンデウォングン)が復元しましたが、日本統治時代に正殿前に朝鮮総督府を建てるなど再びひどく破壊されてしまいました。
1995年にはその朝鮮総督府を撤去し、2007年に乾清宮を復元、2010年8月には光化門の復元工事が終了しました。

景福宮内では、無料で外国語でガイドをしてくれる方がいます。言語別に時間が変わります。(日本語あり)

◆勤政殿(クンジョンジョン)◆<国宝22号>
景福宮の中にある代表的な勤政殿は、法殿(王が臣下の報告を受けて命令を下し、外国の使節を迎える場所)で、各種即位式や国の公式行事が行われた重要な場所でした。
建物内には大座と、王の威厳の象徴である「日月五峰図」(月と日の前に五峰を描いた図)が描かれた屏風が置かれています。

◆慶会楼(キョンフェル)◆<国宝224号>
勤政殿の横にある慶会楼は、旧1万ウォン札に描かれた代表的な建築物として有名です。真四角の池の中に楼閣が位置していて、これを中心に3つの石橋が池の外に伸びています。この慶会楼の姿は、シンプルながらも派手な韓国伝統の建築的特長をよく現しています。

◆香遠亭(ヒャンウォンジョン)◆
宮廷の北側には、高宗が乾清宮を建てた際に作った、池の上に建つ香遠亭があります。香遠亭とは、香りが遠くに広がると言う意味を持ち、陸へと繋がっている木製の橋、酔香橋も「香りに酔う」という意を持ち、王が休息の時間を楽しんだ私的な空間として利用されていました。

◆清乾宮(コンチョングン)◆
清乾宮は、高宗(コジョン)が興宣大院君(フンソンデウォングン)の政治的影響から抜け出そうと作った宮廷の中の宮廷で、1887年に国内初の電気が架設された所でした。
しかし、ここは明成皇后(ミョンソンファンウ)が殺害された歴史の悲しみが立ち込めた場所ともなっています
建物内には、宮中生活を再現した展示がされています。

◆弘禮門(フンレムン)◆
弘禮門は、光化門を過ぎて最初の門で、景福宮の中で2番目に大きい門であり威厳ある姿をしています・日本統治時代に破壊され、1995年に復元されました。

◆景福宮王宮守門将交代儀式◆
弘禮門前で毎日10時から16時まで、定刻ごとに行われます。
守門将の交代儀式を再現したもので、当時王宮を守った守門将の節度ある姿を見られることが出来ます。儀式は10分ほどで撮影も可能です。

 景福宮の基本情報

名称 景福宮
住所 ソウル市 鐘路区(チョンノ) 社稷路(サジクロ)22
電話番号 02-3700-3900
営業時間 3-10月9:00~18:00(入場は17:00まで)/11~2月9:00~17:00(入場は16:00まで)
定休日 火曜日
交通 地下鉄3号線景福宮駅5番出口

 

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